暮らし

左足の薬指骨折

和食ローテーションで骨元気 骨カツ第一スーパー

しばらく、病院通いしていない、健康優良児の私が、ツッカケを履きそこね、左足の薬指を強打。

腫れてきたので、整形外科へ行き、はじめて、足のレントゲンをとってもらいました。

先生『ひびはいってますね。ただ、薬指だから、小指と人差し指で支えて、治療にしましょう」

私、しょんぼりして聞いていると、

先生『あー藤塚さん、ほら、ここ、珍しいですね』

足のレントゲンなんて、はじめてだし、目の前のホネホネロックが、私のものだと言われても、親近感わかないって思っていたところ、

『藤塚さん、左足の中指、人より関節、ひとつ、多いですよ』

『えっ?』

ほらほらと、先生。若干、先生の目がキラキラ。

看護婦さんも、レントゲンをのぞき込み、ホントだぁっと。

これまで、足で困ったことはなく、だから、何だということもないそうでしたが、

中指の関節、4つ。

 

凡庸な私の、人と違う部分、思いがけず教えてもらって新発見。

 

に、しても、ちゃんと、歩けない。

骨折だから、当たり前。家族は言ううけれど、

左足の薬指って、指の中でも存在感薄いのに、

やはり役目を持っていたんだなぁと実感。

ないがしろにしていた、すまない。

 

骨カツして、早く、治そう!

 

PS

最近、病人の多い我が家。

消化に良いものしか食べられない夫に、『骨とり鮭』を購入し食卓に出したところ、

『すごいね、骨のない鮭もいるんだね』っと。

”んなもん、居るかいっ”思いつつ、足が痛いので、『そうだね、すごいね』と。

母も体調悪いので、たしかに、イラツキわたしになってたかも。

 

和食ローテーションで骨元気。うなぎ、しゃけ、さばで、骨カツ習慣!!!!ですっ。

 

 

 

 

 

話しかけすぎて、耳、とれる

きょう、耳、日曜

 

きょう、耳、日曜
耳日曜の、耳
昨夜の宴

 

「イテッ」

何か踏んだと思うと、プラスチックのカケラ。

ㇵっと、角瓶を見ると、耳、とれてる!

今日、耳、日曜とばかりに、つぶらな瞳。

 

話しかけ過ぎました。

 

VLOGはじめる

飯山の柿 しゃくしゃく、こりこり。

VLOGはじめました。

鴨に引っ張られて、掲載できませんでしたが、
写真は、飯山の『柿』。飯山のお客様から、お庭の柿をいただきました。こりこり、しゃくしゃく、めっちゃ旨し。

飯山の柿 しゃくしゃく、こりこり。

秋は楽しみ多いです。リンゴの種類も増えていきます。

長野さいこー。

 

っと、ひとりごと。

うーん、なんかすごく、大事なこと、気づけそうなんですが、上手に言葉にできません。

値段だけで買い物してると、やがてそれが自分たちの首をしめることになっちゃう。今日いまいまのあしたのこと。人口が減っている向こうにあること。旬のものが食べられる幸せは、地産地消でもなく、おしゃれひとくくりみたいなこととも、違うように感じます。

商店街のお菓子屋の孫は、店を閉め30年以上過ぎ、何が欠けていたのかを、考え直すきっかけをいただいています。

おにぎりこんぶでタイムスリップする感覚、素材の味を楽しめる豚肉、おいしいお魚を食べたことがあるという記憶。

あるをつくした、おたがいさま。

30年前になりますが、はす向かいのお魚屋さんの、たぶん、私と同じくらいの歳の彼は、仕事の帰りに、売れ残りのチーズケーキを「おばちゃん、これ」っと言って、袋に入れようとする祖母に、「すぐ食べるから、ふくろいらん」と。あったかいサンガリアの缶コーヒーとともに、ちょいヤンキーな姿で閉まる店を後にしました。祖母は祖母で、私がゆず入りのお豆腐が食べたいと言っても「今日はこっち」と大豆の味のする同じ商店街のお豆腐を食卓へ。たぶん祖母は気づいていたこと。回り巡る、あるをつくす、がそこもあったのだと。

くれよんしんちゃんのみさえは、隣の町に自転車で買い物行きますが、サザエさんのおふねさんは、近くの商店街でやりくりをする。

回り巡る日が近い歳になったから、気づけたことのようにも思います。

素材の味を知らない子供たち。ありがたいことに、地は長野で、私の両親は息子に旬の果物、さかなを、気を付けてくれました。祖父母に反抗した父も、どこかで大切なことを気がついたんだろうと。私も、当時の父や母の歳になり、ありがとうと感謝を胸にしています。

これって、移住の人や、若い世代に、もしかしたら、気づかず過ごす、同世代にも、伝えておきたいこと。

ええこと気づいた風で、言えてませんが、それは、

巡る。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

アイロン台2号機、3号機と日曜日

長野県信濃町 そばうどん自動販売機

今週も、高速アイロンがけ、5枚。

72時間でみた、そばうどんの自動販売機に行ってみたくて、チャレンジ。

そばうどんの自動販売機、以上に、となりの、偏りすぎな、たばこの自販機が必見。

目的の、買い物は、第一スーパー古間店さんへ。

還暦祝いなのに、チープワインかい!本人が、それで、いいというもので。シャンパンにすればよかったかな。

 

っと、VLOGって、もっとおしゃれなものであったはず。遠い!!

 

 

 

 

 

 

めん、めん、めんどくさっ。いや、すまない。

心の動き まとめ

毒も吐きたいので、こっちにします。

母の病院の付き添いでした。家を6時半に出て、となりの、となりの、となりくらいの町へ。

2時間くらい待って検査、2時間くらい待って診察、1時間くらい待って支払い、一時間半かけて、帰宅。もう、今日は、終わってました。

随分むかしの話ですが、同級会に出席したとき、”親との同居をしないスタイルがトレンディ”に、驚いたことがありました。今日は、ちょっと、そんな同居しない選択をした彼らを思い出し、『ホラミタコトカ』。誰も言ってないのに、聞こえる。

病院通いは、数年前、父の時も経験しています。当時は、病も重かったのと、親が病気になるなんて、はじめての経験で、気も張っていたので、なんとか過ごせました。私の仕事は自営なので、営業もしながらって、今思うと、どうやって、暮らしてたんだと思います。私隊長、どうやって、あの日々、過ごせたんですか?

母は、実の母なので、近しいから?女同士だから?性格が、あまりに違うから?母の性格が特異だから?私の性格が、悪いから?

帰ってきた夫の、食べ物の好き嫌い発言あたりでは、気が付くと、なぎなた、振り回してました。

 

他である。手助けを、必要としている人に出す、手であって、道具である。

 

感情の判断はどうしたらいい?心境の分別はどうしたらいい?』ado。

どうやって来たんだっけ?

『子供をみる本能はあっても、親をみるDNAはない』。ネットで見かけた記事。

そんな、ことか。でもないか。

にしおかすみこさんのエッセイの、読み漁り。

なるように、どこかへっということか。

 

頑張ってるねえって、ホメられて、すくわれるほど、子供ではない、55歳。

聞いてもらってスッとした、なんて、ない。話せるほど、まとまってないんだから。

むしろ、話せるようになったら、回復だ。

っと、少し前の心の動き、まとめました。

めん、めん、めんどくさっ。いや、すまない。こんな日が、あったって話です。

追伸

思い出したことが。父の件の時、よく鼻歌をうたっていた。理由は、若いころ、会社の先輩が、つらい残業の時には、鼻歌を歌うといいと言っていたから。そんな気分ではなかったけれど、脳が楽しい気分になって騙されるので、確かに効果あった。 あと、経済活動に追われていた。(今もか、ハハハ)手元に集中やね。

 

 

 

 

 

 

右手の電池

2022 夏の出来事

リモコンの電池が切れたと、電池箱から電池をとりだす夫。

「えーっ、つかねぇじゃん」「壊れたか」

ぶつぶつ言ってますが、ドラマに夢中の私、聞いてないょ風に、スルーしていました。

「ねぇ、ほら、これソニーなのに。」話しかける夫。

仕方がないので、ドラマをとめて、電池箱を覗く。

夫は、道具箱から、電圧をチェックするやつまで取り出してきて、ちょいと、騒ぎにしています。

「えーっ、これ、電圧ない。」

「その電池、いつ買ったんだっけ」言いながら、台所に向かう私。

「こっちは、いける。」騒いでます。

冷蔵庫を開け、

ふと。

先週、

マウスの電池がなくて、

電池箱を開けたよね。

右手に持った電池、どうしたんだっけ?

台所の不燃ごみ、覗くけど、電池ないなぁ。

 

注ぐ、麦茶。

夫に、

「あのさ、先週さ、マウスの電池なくて、電池、替えたんだよね」

「でね、右手に持ってた、カラの電池、どこやったけなーって、さっ」

まゆを、あげる、夫。

「おー、エーっ!!」

長野の人は、驚いて、誰かを責める時、必ず、

「おー、エーっ」って、言います。

 

いや、その、苦しいくらい、笑いました。

右手の、電池、なんで、そこに、入れちゃったのかしら。

 

ハハハハはっ。

言ってないなぁ、テレビのチェンジャー壊したのも、私だって。

ハハハハはっ。

 

気を付けます。

未來が見える、昭和ノスタルジア

1966年頃 夫 3才

仕事で、昭和の写真を使うことがあり、アルバムをごそごそ。

面白いので、ピックアップ。

たしか、枚方の遊園地。ハンドルさばきに、未来が見える。(右に切らんかい、笑い)

枚方の遊園地 1972

枚方の遊園地 1972年ごろ

1974年頃 運動会 お昼は家族でお弁当だったっけ。父が来なくて、不機嫌でした。

1974年頃の運動会

1974年頃の運動会

こちらは、夫、3才か4才。犬の鼻を、わしっと、掴む?

どこ、掴んどんねん、耐える犬。

1966年頃 夫 3才

1966年頃 夫 3才

こちらも、夫。お母さんによると、家を新築する時の写真だそう。現場監督。

1966年 南堀

「現場は、整理整頓だからねぇ」若いもんに、注意してるとこ

いじわるそうな、視線は、こんな、小さいころからなのと、おどろきと、納得と・・・。

 

因みに、以下は、亡きお父さんが、当時、使っていたカメラと、夫が高校時代に使っていたラジオ。

SONY ICF-5900

SONY ICF-5900

SONY ICF-5900、自慢の品だそう。高校時代、出来心で、ラッカーで、ボタンを黄色に塗ってしまったとのこと、見る度、後悔している夫。

 

昭和ノスタルジア、新コーナーは、美保姿きもの総合学院ページで、どうぞ。

着物に興味のある方は、各学院の2022年の和コーデもお楽しみください。

第一回目は、利子さん!!

昭和の写真も、募集しています。お問い合わせはコチラから

追伸

踊りを習っていた頃の私。おっしょさんと、京都人形寺で、舞の奉納をした際の写真。

1980年 京都人形寺

1980年 京都人形寺

宝鏡寺 1980

幾つか写真みつけましたが、大人がいっぱいで、人見知りの私は、どの写真も、笑っていない。写真には、祖母に母、おば達の姿。みな、きもの姿で、世界には、まだまだ、たくさんの着物姿があふれていました。そういえば、小学校を休んでの参加で、おおらかな時代?でもありました。

 

未來が見える、昭和ノスタルジア、令和の向こうに、ファンタジア。

sosite こうなった、第二回目

『止めてくれるかな、おっかさん! 』 誤植、気が付いたんですけど、

「止めてやってもいいけど、行っといで」。担当の彼女、若いので。

うち、テストやし、行かへんし。

お向かいは、お漬物屋さんで、斜めはす向かいは、お魚屋さん。左どなりはお肉屋さんで、右は、おっちゃんちの時計屋さん。

お漬物屋さんの、おじいちゃんは早起きで、4時には、店の前に水をまく。

お肉屋さんのおっちゃんと、父は、馬があうらしく、何かと店先で、難しそうに話し込む。

京都の夏は、蒸し暑く、私は、自分の部屋で、クーラー、ガンガン、レーコーとたばこ、FMラジオ。

大きなヘッドフォンで、商店街のアナウンスを消す。

 

暮れていく、夕暮れ。パートのおばちゃんたちも家路に就く頃、ぐでんと、店へ。

「おおきに、280円です」

「おつかいもんですね。少々おまちください」おじいちゃんを呼ぶ。

「せやったら、おつかいもんは、こっちのほうが」言うてるけど、心、こもってへんし。

・・・。

 

店先は、嫌い。暑いし、だるい。

 

となりの、おっちゃんたちは、夏祭り、お化け屋敷の準備に余念がない。

中間テストは、夏祭りの大売り出しの時期。

お化け屋敷を目的の、いとこたち。押しかけている。

階段下から、声がかかる。

『うち、行かへん。明日、テストやし』

 

毎年、同じ、会話、やし。

『ラーメン、食べに、百万遍、行くけど、どおする?』

『行かへん』

声をはり、勉強なんて、してないけど、行かへんって、決めている。

 

暑さに、ふいに、思い出し、

懐かし、なぁ。

 

 

 

Facebookをやめました

FACEBOOKやめました

少し前に、Facebookをやめました。そもそも友達も少ないし、っと思っていたら、数少ない友人のひとりから、友達から外されたの?みたいな声が。とーぜん、理由はそうではなくて、否定して、理由を説明したんですが、閉めた時期はも悪かったみたいで、なんか、生きてるから大丈夫みたいな返信になってしまいました。

ごめんね。

 

石友、猫友、かけら友、一対一で関わる他。お客さんと話す時の、他。楽しいです。いろんな世界、楽しいです。

一方で、大勢の向きみたいなもの、遠ざけたくなってます。

昔は、大勢の会社の飲み会に参加する機会もあったんですが、

大勢が交わす、催しの中の、大勢での会話、どうしていたんだろう、思い出せなくなりました。

コロナの効能?

人が嫌いなわけではないんです。

大人になったのかも。

一対一で関わっていたい、体調です。

 

夏の速度があがるように、おばちゃんも、速度をあげてます。

 

 

 

 

 

 

このパンプス、藤ノ木古墳みたい

37年も前になるのね

ネットニュースの片隅で、『藤ノ木古墳出土の国宝の「くつ」、研究員の手が触れ破損』と言う記事が目にとまりました。

藤ノ木古墳で、その”くつ”が発見されたのは、1985年。阪神タイガース優勝して、現国の先生が『今日は、家にかえっていませんが、授業はしっかりやります』と言ったその年、その「くつ」は見つかっています。その後、副葬品が次々見つかり、見学者が多数訪れ、藤ノ木古墳でフィーバーしています。

そういうことが好きだった私は、すっかりこの靴に魅せられていました。友人と神戸に買い物行った時も、『見てぇ、このパンプス、藤ノ木古墳みたい。これにするぅ』なんて、キラキラの装飾がついた靴を見つけては、テンションをあげていたことを思い出しました。

たしかレプリカが、どこかに展示されていたはず、調べると、「橿原考古学研究所附属博物館」にありました。今も展示されているのでしょうか?

最近は、靴は、ほぼ、スニーカー。ヒールの靴も、低いパンプスさえ、年に数回しか出さない日々です。ネットニュースの片隅で見つけた記事が、遠い昔を思い出すきっかけになっています。一緒に騒いでた友人も、ニュースを見て、思い出しているかしら、想像しています。破損させちゃった研究員さん、きっとしょんぼりされているのでしょうが、少なくとも、私は、「くつ」を思い出す、きっかけになりました。あの頃、押し寄せた人たちも、記事を見て、記憶の引き出しを開けているのかもしれません。

そんなことで、手帳に加えました、行ってみたい場所、「橿原考古学研究所附属博物館」。

奈良に仕事、出来ないかな。「金銅製靴」のレプリカの画像に、また、すっかり、心奪われています。

 

記憶違いか、ずっと、藤ノ木塚古墳って覚えてました。そして、自分に寄せすぎです、ハハハ。